あかほりさとる/桂遊生丸「かしまし」1-3巻

寄り添う(3巻 p.178)という言葉は縁が深まった様子を示すのに便利であって,僕も使いすぎのきらいはある.まず辞書的には「ぴったりとそばへ寄る」(広辞苑第五版)という身体距離の詰めしか意味しないのだけど,人が人のそばへぴったりと寄ったとき,そのうち何が起こってしまうかということはよく知られている.同じ場所にずっといると,関係してしまうのである.ただし,それを縁と呼ぶのは親子であるとか恋人であるとか一定の関係を指しがちであるため,言葉で説明するのは難しいがしっくりくる身体距離や身体配置があるというときに,寄り添う,という言葉がうまく当てはまる.たとえば,三人が一緒に居るとき,やす菜ととまりがはずむの左右の特定の側にいるほうがしっくりくる,っていうのはありそうで,僕はやす菜は左なんだとなんとなく思っていた.これは次のような調べ方だと極端な差としては出ないのだけどね,それでも三人の中にはきっとそういうのがあるんじゃないかな.

「やす菜ととまりははずむの左右どちらに居ることが多いか」

一コマの内に三人の姿があるという統語的な制約と,二人がはずむの側で左右に居るという意味的な制約のANDをとってコマを選択している.コマ内の人物配置は紙面座標上の左右ではなく,はずむから見た左右を採る.コマの区切りの判断はじっさい意味的であるが,枠線の範囲を基準に決めた.

表記は「巻数ページ数(コマ数)」.該当するコマが1つしかない場合はコマ数省略.

(A)はずむから見て左にやす菜,右にとまり

  • 1巻p.88,レジの前の三人
  • 1巻p.172(コマ3),画題を捜す道行き
  • 2巻p.11,とまりたちを誘うはずむ
  • 2巻p.34(コマ1,5,6),はずむを海辺へ誘う二人
  • 2巻p.54,55(コマ2,4),お昼ごはんのテーブル
  • 2巻p.59(コマ2,5),60,62(コマ1,7),65,73,74,肝試し
  • 2巻p.98(コマ3,4),神泉家夕食の席
  • 2巻p.102,104,105,はずむの机を囲んで
  • 2巻p.131,133,はずむの机を囲んで
  • 3巻p.86,花火を楽しむ三人
  • 3巻p.132,133,はずむにプレゼントする二人

(B)はずむから見て左にとまり,右にやす菜

  • 1巻p.173(コマ2,4),写生する三人.ちなみに7話表題は「少女三角形」.
  • 2巻p.28,海へ行く電車のシート
  • 2巻p.49(コマ4,6),50,海から帰る電車のシート
  • 2巻p.77(コマ3,4),お昼ごはんのビニールシート
  • 2巻p.103,104,夏祭り,リンゴ飴か?たこ焼きか?
  • 2巻p.122(コマ1,3),綿菓子ふたつ
  • 3巻p.92,94(コマ1,2),線香花火
  • 3巻p.97,98,はずむの机を囲んで
  • 3巻p.130(コマ3,4),はずむを迎える二人

三人にとって身体配置が偶然であったかなんとなくであったか意図的であったかは上のようなラベルをつけてもよく判らないが,読み手がそれを感知する手掛かりはこれくらいあったのでないかと.1巻p.172では,声を掛けた直後(コマ1)は左がとまりで右がやす菜だが,歩いているうちに左右逆の身体配置(コマ3)が行われたように見える.1巻p.151,2巻p.38にも代表されるよう,なんの準備もなく偶然二人から三人へ増えた場合については,少なくとも新たな身体配置が行われる以前であると見てカウントしなかった.そもそも,紙面上の左右にも僕らは影響されるだろうし,1巻表紙や3巻口絵のような絵も効いているが,試しにやってみたというところである.

初めの目的とは逸れるけれど,列挙してみると二人がはずむの両側に寄り添ってたのがよく判るのでさ.それで,3巻p.74ではやす菜の両側にとまりとはずむが寄り添って三人手を繋ぐという絵も際立つのでさ.寄り添うっていうのがどういうものなのだか伝わってくるでしょ.

アニメのほうはOPだけを見ていた.女三人寄れば姦しいではなく手を繋ぐ(女女女)を意味するという話を前にしたが(2006/2/13),あれは実はかしましOPを見た感想である.そこで三人は手を繋がない.はずむ,やす菜,とまりの場合,手を繋いだらもう語るべき困難はなく,あとはそのまま三人で寄り添っていればいい.

今回,他の人の感想を斜め読みして回った後で読み始めたら,やす菜ととまりの名前と容姿の対応が,僕が表紙など見て想像していたのと逆だった.こっちがやす菜か! ていうか想像していたのと全然違う人たちだった.たとえば,やす菜って女の子が好きな女の子なのだと思っていたけど,1巻の告白シーンの時点で既にそうとは読めない.告白されて断った側が泣いてる(1巻p.19)って,よほど好きだったのだねぇ.あと「顔のない月」の時には思わなかったが,よく考えてみると,あなただけ見える,あなたしか見えない,ってそれただの初恋じゃないのか,とか.

疏水太郎