ToHeart2 #2

普段は僕らのこといじってくる某先生が年長の先生たちとの飲み会ではいじられ役になっていたとその場に同席していた人から伝え聞いて,意外であったり可愛らしく思ったりしたのでした.長幼の振る舞いは定まらず,いつも他との関係において在るという話のひとつ.

今にして思えば僕が僕の姉を妹みたいに思ったことのないのが不思議です.小さい頃はよく僕と姉と姉より一つ上のお隣のお姉さんと遊んだもので,きっと上のお姉さんの前では僕の姉は妹らしい振る舞いも見せていたのではないかと思うのです.小さい頃はものごとを遠くから見ることが難しかったのかもしれないし,あるいは,妹でなく姉であって欲しかったという僕の望みのために,姉が妹となるその瞬間は見過ごされてきたのかもしれません.

ともあれ兄弟あるいは兄弟のような人たちの振る舞いがたいへん可笑しい話でした.まずは第一話の次にこの話を持ってくるところが良くて,第一話でこのみの頼りになるお兄ちゃんだった貴明は,魂の姉である環の前では子供じみた行動をとってしまいます.おっかない姉の前から走って逃げるってあんたら何歳やねん.だけどそれでこのみが貴明を見損なうということはなくて,それぞれがそれぞれにとって都合のいい役割が守られ続けています.

背丈のあり方にも不思議な錯覚があります.小さい頃は環のほうが貴明よりも高いですが,今では貴明のほうが高くなってます.にもかかわらず環が昔と同じ風に抱きついてくるのもだから貴明は猫背にならざるを得ないのです.はじめは今でも環のほうが背が高いのかと思っていました.だから子亀親亀孫亀の順で畳に重なった彼らがアンバランスで面白かった.

昔のままの子供みたいなことをやってしまう彼らが楽しそうです.貴明だけでなく環も冒頭の女子高でのやりとりに比べるとずいぶんやんちゃです.それが多分大きなきっかけで,彼女がやんちゃでなかったら貴明も態度を変えていたでしょう.七年前に別れたきりの女の子と目の前の女の子が同じだなんて判るわけがなくて,貴明は雄二に言われるまで環本人だと気付きませんでした.その一方で,このみがひと目で環だと判った理由としては,子供に返って貴明に抱きついていた姿を見たからでしょう.人がある人のことを瞬間的に特定する手がかりは九割がた顔じゃなくて文脈です.街で見かけた学校の知人は本人かどうか自信なくて,声を掛けづらいもので.あとは当事者ではなく離れた場所から見てるというのも重要で,OVAの「みずいろ」では大きくなった健二と日和がお互いのことに気付かなかった一方,彼らのことを端から見た雪希はひと目で言い当てたことが思い出されます.

普段,姉のことを恐れている雄二が,姉にものを買ってもらって大喜びしている様も可笑しいです.深刻になり得ない.

全くいろいろあります.長幼の話が好きな僕にはたまらない三十分でした.

疏水太郎

(なんつか水姫んとこの三人っつーのもうらやましいと思ったのでした.このみ・貴明・環たちの性別をひっくり返すと水姫んとこの兄妹弟になります.水姫にはぜひともタマねぇのようになってもらいたい.)