D.C.S.S. #9

ある子供にとって,眠るとき部屋の扉を少し開けておくことは重大で,意外かもしれないけれどつまりその子供にとって怖いものは部屋の外ではなく部屋の中にこそある.

部屋は暗くて怖いから,お父さんお母さんのいる居間や寝室から流れてくる気配を戸の隙間から招き入れる.あるころ僕が寝ていた和室は天井が板張りなものだから薄暗いなかで木目が絡まったり節がぎょろりとする.壁には観音様や翁の面が掛けられていて,子供心には有り難いどころかただ不気味に映った.

いつ頃のことだったかは曖昧であるが,その部屋ではしばらくの間,ひょうきんな顔をしたおばあちゃんが添い寝をしてくれていた.僕にはもちろんおばあちゃんが二人いて(お母さんが一人しかいないのにおばあちゃんが二人いるということは時々妙なことのようにも思われるのだけど)もう一人は尽きることない使命をもった姫様である.もしもあの姫様の添い寝だったならどんな物の怪だって逃げ出していただろうけれど,このやるべきことをみんな終えてしまったようなやわらかな人のほうは物の怪もなにもかも一緒くたに眠らせてしまうようだった.

洋間のベッドで眠るようになってからは時々,扉を少し開けておかなくてはならなかった.手に負えないほどすごいものが降りて来たときには部屋を飛び出していった.大学生になってまでそういうことがあったが,さすがに両親のベッドへもぐり込むわけにもゆかず,ひとりで途方に暮れていた.

ずいぶん長い時間がかかったが学校を修了して,いつしかあの大きな物体が降りてくることも無くなって,僕は眠ることが出来るようになった.

ひょうきんだったおばあちゃんも,いつの間にか本当に眠ってしまっていた.

疏水太郎