雲のむこう、約束の場所

魔法というのは大変ローカルに作用するものなので,沢渡佐由理の夢や未来視は青森からの眺望を越えないし,塔は彼女の血筋に繋がるし,世代は飛行機の思い出で重なりあうのです.浩紀と佐由理の存在も空間を越えて伝播あるいは電波した先に病院の一室で出会います.塔は開戦のきっかけとならず,そのお話が分断された家族たち男の子女の子たちの個人的な事情や僕らの胸を打つ異世界的な光を帯びた地方の風景を背負っていればこそ,眠り姫が目覚めるっていう魔法は顕現する,というのは美しい図面です.佐由理がお話好きな人であることからその手紙や独白や夢見の世界に詩的なものが交ざってしまうのもこの魔法を支えていました.

魔法の強度は事情がローカルであるほどに高まるものだと思います.雲のむこう,におけるそれを数値化したい場合は,平行世界が存在するということ,またその浸食をひとりの普通の女の子が食い止めているということを信じる人間がこの話のなかで何人いたかを想像して,その逆数をとってください.僕が数えるとあまりいません.

1998年の3月に水姫たちと青森へ行ったときのことが思い出されます.夕暮れ,青森港の防波堤の突端に立って見た海のむこうは,関西から飛行機で行ったことがあるはずのその場所とは同じに思えなくて.南に妙子を,北にほのかを望むその場所は,日が落ちて,いま来た道は真っ暗に,海の色と区別がつかなくなっていって,取り残されそうなその場所で,水姫は北の彼女の名を呼び,僕は南の彼女の名を呼んだのでした.つまり,沢渡さんを北海道へ連れてゆく話というのはそんな風に真に迫ってくるもので,あと,佐祐理さんを彼女独りの世界から救い出すというのも同じで.判ってやってないですか,これ.

DVDはずっと前に水姫から借りてた.とても素敵だったわ.有り難う.

疏水太郎